坂口裕美Yumi Sakaguchi
1988年和歌山県生まれ。京都精華大学芸術研究科博士前期課程芸術専攻修了。主に油彩で「形」と「色彩」によって画面を構成し、自身の内面とリンクする「絵画」を制作している。主な展示は、個展“Paintings”galerie16(京都)/2021年、個展“雨より冷たく”galerie16(京都)/2019年、グループ展“深海の照らし方”2kwGallery(滋賀)/2019年。
INTERVIEW
あなたにとって、美術 / 制作することとは何でしょうか。
元々、黙々と作業をするのが好きで、「色」に興味があったのと、真っ白なキャンバスの状態から、全部自分で判断をしていって絵を完成させるということをしてみたかったんです。美術をしていなかった頃の私は…いや、今でも、人に流されやすくて、周りの人の感情に敏感で、自分が本当は何を感じているのか、何が嫌で何が好きなのかが稀薄でした。制作をしていると、いろんな選択を迫られます。ペタペタと隙間なく塗るのか、かすれさせるのか、あくまで平面的な「絵画」というものに対して「イリュージョン」を持ち込むのかどうか、「一回性」なのか「逡巡」なのか、色彩の視覚的なズレや一致について…いろんな絵画の要素が、際限なく現れます。その絵画の構成要素自体に興味があるのと、その一方で「私の表現したいことは、目に見えない」ということが合わさって、今の私の「絵画」になっています。「表現したいことは、目に見えない」ということの中身は説明しづらいのですが、人と人との関係で「敵意」だけでなく「友好」も感じたりする日常の中で、嫌なことがあったりしたら「もう一人になりたい…」って思っても、落ち着いてきたら「…やっぱりまた会いたい」って思うみたいな、ネガとポジな日常の中で、「表現したい」ことがある。そんな感じです。
いつから美術に興味を持たれたのでしょうか。
小さい頃から絵を描くのは好きで、知り合いのパン屋さんへ行っては、従業員の方たちに褒めてもらいながら、似顔絵を何枚も描いていたらしいです。その後、学校では美術の授業は好きだったのですが、中学・高校と体育会系の部活に入っていて、高校3年生の夏に部活を引退して、本格的に進路を考えるようになって…ちょっと遅いんですけど(笑)。最初、学芸員に興味があったのですが、身近な大人に相談していくうちに、地元の画塾に通うことになりました。そこで初めてデッサンや色面構成を学んだのですが、色相環を作る課題や色面構成はとても楽しくて、長時間色を塗っていても苦にならないことに気付きました。それで画塾の先生に「最初は学芸員になりたいって言っていましたが、絵を描くのが楽しいです」と言ったら「うん、その方がいいと思う」と言われました。その画塾の先生方が作家としても活動していたので、たまにギャラリー巡りなどにも連れて行ってくれて、徐々に「私も美術作家になりたいかも」と思うようになりました。あと、家にパウル・クレーの画集があって、「本道とわき道」という絵に惹かれたのを覚えています。私はクレーの絵を見ていると、「こんなに小さな“予感”も、絵にしていいんだ」っていう希望をもらいます。今でも尊敬する画家の一人です。
アートに限らず影響を受けたクリエイターはいますか。
シンガーソングライターのYUIさんです。今はFLOWER FLOWERというバンドでボーカルをされていています。
最初にYUIさんの曲を聴いたのは高校生の頃で、YUIさんは私と同世代だけれど、もうプロのミュージシャンとして活躍されていました。その頃、私はまだ将来何をしたいかもはっきりしていなかったのですが、YUIさんの曲を聴いていて、何か1つのことに真摯に打ち込めることが格好いいなと思っていました。その頃聞いていた歌詞に「ひとりひとつの希望を」というのがあり印象に残っていて、「厳しさ」と「優しさ」を同時に感じました。正直、私は画家になろうと決心するまで時間がかかったけれど、その頃も今も、YUIさんの曲に何度も勇気づけられてきました。曲の中で表現される多様な心境や場面を受け取って、表現者としての情熱や、次へ次へと進んでいく感覚が伝わってきます。周りに反対意見があったとしても、自分が本当に感じていることを表現するのを恐れないでほしい、ということをYUIさんの姿勢から感じています。数年前、一人で東京のギャラリーを巡った帰り、電車のなかでなんとなく心細くなっていた時にFLOWER FLOWERの「パワフル」という曲を聴いて、救われたのを覚えています。
転機となった作品があれば教えてください。
ここ最近で特に転機になったと思うのは“Plastic Impression (1)”という作品です。この作品は、アクセサリーなどに使われるビーズを見て描くことを取り入れた、最初の作品です。今までは平面的な画面構成をすることが多かった中で、「立体感を取り入れる」ことと「何かを見て描く」ことを目的に、ビーズを選びました。ビーズを選んだ理由は、抽象的な形でありながら立体であること、透明なビーズだと映り込みがあり、それを描こうとする中で、予期しきれない表情を描けると思ったからです。“Plastic Impression”というのは「立体感」という意味だそうで、“Plastic impression of Giotto’s frescos”で「ジオットの壁画の立体感」と訳すそうです。ジオットは西洋絵画の父と呼ばれる画家で、それまで平面的だった空間表現に三次元的な要素をもたらした存在ですが、この平面的な空間表現から三次元的な空間表現へ、というところが今回のシリーズのコンセプトと重なったので、このタイトルを付けました。
今後、作家としてどのような活動の展開を考えていらっしゃいますか。
今後の展望や今挑戦されていることなどありましたら、お聞かせください。
まず、もっと作品と向き合って、画面上で自分にとって違和感のあるものは省いていく、その一方で残したいものの濃度を上げていく、というようなイメージで制作していきたいなと思っています。展示などの今後の具体的な活動については、まだ確定していなくて、自分がどんな場所で展示をしたいのか、どんな活動をしたいのか、考えつつ直感も大事に前進したいと思っています。